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2010 / 2 / 9 , 17:22

チョビ髭

imgp5191.JPG 髭を 延ばし始めて数年というとこだろうか!自分が且つていろいろな髭を見てきた中でも 祖父の髭が強烈な印象に残るものであった。まさに加藤茶のハゲ 丸めがね チョビ髭というで風貌であったからである。

 

 自分が中学生の頃、 祖父が なぜその風貌だったのか想定できた。黒澤明監督の『生きる』主演の志村喬であった。リバイバルの映画ポスターを見て 『じいさんだ!』と言葉にでてしまったのを覚えている。祖父は晩年、『歩み』という本を自己出版したが、題名を決めるとき『生きる』と迷ったそうだ!

その祖父の職業は教師であった。明治生れで教師、当然 家族の中での威厳 、プライドは今では考えられぬモノである。自分が小学校低学年までは同居していたので それは怖い存在であった。そのプライドを足下から崩れ落ちる出来事が起きたのである。

 

 祖父は若い頃から猟や釣りを楽しんでいた。ある日、自分の叔父二人と祖父で用宗へと釣りに出かけた。鱚、グチをお目当てに投げ釣りである。三人 意気揚々 仕掛けをセットし ウネウネと動く青イソメを針につけ 習字の文鎮より若干 重い鉛の錘りを竿からでる糸の先端に結びつける。しっかりと両手で支えた竿、仕掛けと錘りがブラブラと竿の先端から垂れる糸と共に振り子の様に宙を舞う。 重量が掛かった穂先を背中にまわし 『 エイッヤ!』と柔道の一本背負いのように竿を振り切る!矢の様に海のかなたへと仕掛けは飛んで行き『ポチャン』っと海面から沈んで行く。

 

この日も叔父二人は 手慣れた仕事のように同じ手順で釣りをしていた。仕掛けを投げ、糸がなじむと竿を堤防に穂先を少し海側に出るように置きアタリを待つのである。  祖父は学生時代 砲丸投げ県大会優勝者 剣道三段 かなり釣りにも自信家であったと思う 。

 

やはり息子より遠くに投げる事が 威厳をたもつのである。生きの良い餌がついた仕掛けを渾身の力で竿を振り切る祖父!その時だった!叔父たちの視線から祖父が竿と共に消えた。二人は一瞬、何も考える余地はなかった。 『ドボン』という鈍い音が高さ3〜4メートルはあろうかという堤防の下から聞こえた。叔父らは顔を見合わせ水面を覗くと 哀れにも水面に顔を出した祖父が、助けを求めていた。この一瞬に父親の威厳 教師のプライドも少し用宗の海に流れたんじゃないかと思う。

 

以降 この当時には同居はしていなかったが、祖父と会うたびに優しくなっていたと感じていた。テレビではドリフターズの加藤ちゃんが、全盛期であった! この時期に祖父は、自慢のチョビ髭を剃り落としたのであった。 子供ながらも 日本の新しい時代を感じていたと思う。

 

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