シズオカ*サウスタウンの青い空
私の住まいは静岡市の駅南側に立地している。静岡の街は国道一号線、東海道線が 中央で区分している。私が学生であった頃、駅南は今ほど住宅が 立ち並んではいなかった。高い建築物は数えるほどで 空は青く遥かに遠く 白い雲がポッカリと浮かんでいる風景が常であった。
高校三年の週末、部活のメンバーであるアコト、ショー、ギル、トミー 部活は違ったがカズ、ツバそのうちの一人が 『今晩、盛り上がるぞ!』の一声で 必ず自分の部屋に溜まる事となっていた。 当時 自分の部屋は母屋とは別棟で理容店の上にあり高校生には絶好の溜まり場であった!あの頃は 酒もタバコも親の使いであれば 子供にも 手に入れるには容易い事で今とは環境が違っていた。
学生の小遣いで買える酒などたかが知れている。質より量で安ウィスキー でハイボール コークハイがお決まりである。出来合いのカクテルもよく買っていた。しかし学生の身分であり近所の酒屋では面が割れているので 知らぬ店で買う事で安心感を得ていた。 部屋には後輩も含め5〜6人は常時 集まって馬鹿騒ぎをし 多い時には十数人という事もあった。あの頃の大人は今より大らかで言葉は厳しかったが精神的には優しかったと思う。この時代で 同じ事をしていたら どえらい騒ぎになること間違いない。
夜、仲間が部屋に集まるとターンテーブルにはボズスキャッグス イーグルスあたりが針を響かせていた。イーグルス ホテルキャリフォルニアにてL.A.の現実を唄いウエストコーストサウンドも 終盤を感じさせていた。 高三の夏休みが終わる頃には仲間たちも 重苦しい空気が蔓延していたと思う。各自 進む道を考えそれに向かう準備にかかる時期であった。
週末は 溜まり場で相変わらず盛り上がっている そんな或る日 ショーが悪酔いをしたのである。誰に絡んだか忘れてしまったが、狭い部屋で数人もいるのに 掴み合いの喧嘩をした。テレビ番組の貫太郎一家じゃないが つまみ 飲み物は倒れるは!飛び散るは! 二人以外は廊下になだれ込み 悪酔いをしているショーは起つのもままならない状態 あっという間に弾き倒され 倒れたかと思うと ぐぁ〜ぐあ〜とイビキをかいていた。温厚なショーも この時期 色んな不安などストレスが有ったんだろう!と後 仲間に亀裂が入る事などあり得なかった。
年が変わると高校時代ともお別れの季節があっという間にやってくる。私たち仲間は三年間 最高の思い出になった。そして仲間たちは 一人づつ上京して行った。私も これに漏れず上京したが当時の東京は鉛色の空 孤立独立していく仲間や自分はホテル キャリフォルニアの歌詞ようだった。しかし 高校まで過ごしたシズオカ サウスタウンの思い出は ウエストコーストサウンドの様に見渡す限り青い空が心一杯に広がっていた。
あれから早いもので三十数年が経ち 今は自分たちの子供が 独り立ちする時代となった。東京も奇麗な空を取り戻し始めている。静岡も これだけ時が過ぎれば あの頃の様にはいかぬが 自分を含め仲間たちも変わらず青い空を追い求めている。


